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2009年6月 9日 (火)

宗教と信仰生活について思う…@四谷にて

火曜日。東京都ユネスコ連絡協議会の理事会・総会のために、四谷に降り立ちました。

さすがに上智大学のある街。午後6時になると教会の鐘が鳴り響きます。

国際基督教大学といい、ここといい、キリスト教の教育施設って結構ありますよね。私は高校の時にマレーシアに留学して以来、イスラームを学ぼうと決めていたので、キリスト教系の大学には、全然何の興味もなかったのですが。

いや、興味がない、という言い方は違いますね。

宗教には、学術的興味しかなかったのです。

高校時代から、旧約聖書や新約聖書も読み込んで、クルアーンとの比較対照をしてみたり、夏休みの自由課題は高2で預言者ムハンマドの生涯、高3でユダヤ教、原始キリスト教、イスラームの対比からその起源を読み解く、みたいな研究をしたので、学術的興味はありありだったのです。

それでも、宗教生活、信仰生活には、まったく興味がありませんでした。
「あなたほどイスラームに理解も知識もある方が、どうして改宗しないのか?」と何度も聞かれます、日本でも、中東でも。でも、しょうがないですよ。信仰生活に興味がないんですもん。

大学時代にマックス・ウェーバーの宗教社会学の一連の著作に巡り合ってしまいました。

社会学には、「価値規範」とか「社会規範」とかの便利な言葉があって、その社会に根付いている価値を指すんですが、その妥当性の根拠は、伝統、慣習、風習、宗教、合理性、科学性、どこにあってもいいのです。そんな価値規範の根拠のひとつとして、宗教の価値体系のインパクトの強さは計り知れないものがあります。

だから私の中では、価値規範根拠のワンオブゼムとしての宗教は、相対性を持ちつつも、看過できない重大なものだのです。意外と日本にいてそれに気付かされることはないなぁ~とマレーシアで思い、それでアラビア語学科に入った訳ですが。

日本の道徳的価値規範とかにももちろん、神道や仏教、キリスト教をルーツとする価値が、個人主義や合理主義なんかの近代的な価値規範とともに、コンフリクトというか、違和感なく混在していて、それが価値多様性のすごさだ、と思うのです。

まあ、私は功利主義者なので、ひとの内面に、価値判断の根拠として何があっても、それが行動として表面に出てきたときに、社会全体に容認される価値規範の一部である限りは、別に問題ないじゃん?という。あ、日本国憲法の解釈も、この考え方がベースにあるという判例が通説です。

価値規範の問題とは別に、宗教法人としての組織運営のあり方とか、氏子や檀家のネットワーク構造とかは、組織論の範疇だろうなぁ~と思うので、それはそれで別の興味がありますが。

ともあれ、様々な宗教の価値規範体系に、学術的に、客観的には興味があるけれど、自分がその宗教に没頭するというのは、自分は全然考えられない、と。

ただ没頭する人の気持ちは、理解するように努めたいというのが信条です。

宗教法人制度の悪用については、疑問満載、ということも改めて記しておきます。宗教法人に対する様々な非課税制度は大問題だと思ってます。様々な新興宗教の本部や支部が集中する都心部では、ローカルルールで、宗教法人の土地の取得とかに課税ができないものでしょうか…。

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