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2011年3月6日 - 2011年3月12日

2011年3月12日 (土)

地震発生日は徹夜、情報交換はツイッターで@三田豊岡町

消防団の警戒で、夜通しテレビを見ていると、津波被害の甚大さや火災の発生状況が、手に取るように分かってきます。

テレビ報道のすごさ、威力はすごいです。見たくないものまで見てしまいますが。

被災地の方々は、電気も何もない中で、このような情報も届かないのだろうな…

栃木の両親は、午後9時過ぎ、父親がようやく帰宅したそうで、ホッ。介護施設で送迎をしたりして働く父は、夜勤者に付き合って遅くなったのだそう。別の介護施設のセンター長の母も、停電の中仕事をしていたと。さすがです。街も実家も停電中、寒い中一夜を明かすのだそう。

合間に、ツイッターで情報収集。

すごい便利。

新宿区の知人が、遠足でディズニーランドに取り残された小学生の子ども達を助けに行ったりをリアルタイムでフォローしたり、数々の安否確認願いが流れてたり。

ただ、携帯電話のバッテリーも案外持たないですね。被災地の方々は、電話もメールも通じない、ワンセグやツイッターはバッテリーが持たない、では、さぞや心細いでしょうに…

電気の偉大さを痛感。

午前4時、ダンボールを重ねた床の上で、仮眠をとりました。この年になってダンボールベッド…ちょっとした隙間風が寒いのですが、被災地に比べたら、文句を言えるはずありません。

…まあ、そもそも自宅に帰る選択肢もあったのですが、あの状況で家にいても、結局ず~っとテレビ見てそう。ひとりで見てるくらいなら、消防団の仲間と見てるほうが、ずっとましだし。

いろいろな事を考えないですむし。

夜が明けて、団本部から解散命令が出たのですが、何となく帰りづらい数名、だらだらと居残り。複文団長の奥様が、おにぎりを差し入れしてくれました。握りたて、すごくおいしい…

正午前、ようやく帰宅。

家でもテレビつけて、でもすっかり寝入ってしまいました。

無事であることのありがたさ。

夕方、芝消防署から電話が。「明日の消防少年団の活動、中止になりました。」「そうですか…この状況では仕方ないですね。」「署員も順次、東北地方に応援に行きますから、人員も割けないのです。」

そうか…消防団は、地域外の活動はまずありえないので、何となく複雑。

私達に出来ることって、何かあるのだろうか…

苦しんでいる、悲しんでいる誰かのために。

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2011年3月11日 (金)

運命の地震発生日…でもその全容はまだ…@赤坂~麻布~三田

金曜日。毎週レポートを提出する日なので、もとから出勤するはずでしたが、早い時間に終わらせたくて、会議を挟んでいつになく真面目に作業、午前中には終わりました。

午後は、今日中に終わらせたい案件に取り組んで、順調…だったのですが。

あ、地震だ…結構揺れるなぁ、まあ、7階だから仕方ないか…と思いながら、仕事を続けていると、揺れがますます大きくなる…

これはまずいな!とすぐに部屋を出て、退避路の確保。電子ロックのドアを開けて押さえていると、秘書もパニックで現れ。気の毒なほど取り乱しているのに、ドアを押さえているので、近寄ることも出来ず…

揺れが収まったらすぐ、電話が通じるうちに家族に連絡を、と伝えたのですが、携帯は既にダウン。有線はつながっているし、電気も大丈夫なので、外に避難したい人たちは外に出して、龍之助は屋内にとどまることに。

余震がひどいな~テレビで震源地を確認、東北か…消防団にインターネット経由で安否報告のメール。相手は携帯だから、ちゃんと受信しておらえるか分からないけど。栃木の両親には連絡がつかず、でも仕事を続けることに。たまたま外務省には有線電話で連絡がつきました。

小一時間経って、屋外退避組が階段を上って帰ってきたので、すぐ帰宅するように伝え…千葉が自宅のふたりには、「今日中には電車は復旧ムリだから、泊まる場所を確保して!」と。みんな大騒ぎしながら帰ってゆきました。

そろそろ私も帰らなきゃ~の午後5時直前、電話が鳴り、受けると切迫した声で、「お忙しいところすみませんが、しまだかずみさんをお願いします!」…「わたくしですが」「かずさぁぁん!」

妹でした。地震発生からずっと、栃木や私に電話をし続けていたようです。心細かったんだね…おしゃべりが止まりませんでした。この時、私はテレビを見続けていたわけではないので、東北の被害状況はよく分かっていなかったのです。

午後5時になったので、徒歩で帰宅。六本木一丁目から麻布までは、外資系らしいビジネスマンやOLさんが、お揃いのヘルメットと防災袋でグループで歩いていたり、何となく遠足っぽい雰囲気もあったのですが、麻布十番からは、駅から出てきた滞留者が目立ち始め、「目黒はどっち?」と道を尋ねる年配の女性も。

30分で家に着き、外観は無事、ほっとして家の中を確認すると、また意外にも被害はガラスのポットがひとつ、棚から落ちて割れただけ。どうも揺れの方向が南北の一方向だけだったみたいです。直下型だったら、こうはいかないはずでした。

木造住宅密集地の我らが街も、火災や倒壊の被害なし。これにはほっとしました。

急いで消防団の作業服に着替えて、警戒出場。寒い防災格納庫から、町会会館に場所を移して、テレビが見れるようになってから、津波の甚大な被害を目の当たりにすることになりました…

余震が続き、警戒は翌朝までは解除はない、という通達があったので、消防団員は徹夜で警戒にあたる事になったのでした。

三田豊岡町は、桜田通りが横断しているのですが、夕方から徒歩の帰宅者は増えるばかり。「東京マラソンみたい」と分団長。午後9時過ぎには、帰宅困難者向けの宿泊開放施設が明らかになるとともに、都営地下鉄や東京メトロの復旧が始まりました。この頃徒歩の帰宅者の数も目に見えて減ってきたので、ほっと一安心。

ここからは、余震に備えて、徹夜だ…

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2011年3月10日 (木)

寒い朝の出会い@高輪松ヶ丘

真冬のような寒さが続く朝、不思議な男の子に出会いました。

登校中の、たぶん小学1年生。小さい子です。「おはよう」と声をかけると、「おはよう、何してるの?」ってお返事をしてくれました。

それだけでなく、自分の手袋を取って、私の手をぎゅっと握り締めて、離そうとしません。

そのしぐさが、とても切なげに見えました…

一生懸命話をしてくれるんだけど、学校も始まる時間だろうし、あまり引き止めてもね…と、バイバイをしたんですけど、

ひとりで歩いてゆく後姿が、とても寂しげで、小さな歩幅がよちよち歩きの赤ちゃんにさえ見えました。

ひとりにしてよかったのかな…?

龍之助の小学校は、班登校だったので、近所の子供達が8人くらい集まって、班長と副班長に挟まれて、登校したものでした。だから小1でも手をつないで、安心して登校してたし、子供達も交通安全への責任感を集団で学べました。

東京の都心には、班登校はないのですかね…あったらよかったのに。

お母さんだって、そのほうが安心だよねぇ。

ひとり歩きの小さい子って、どうしても、気になります。まあ、あんまり子どもに声をかけて歩いていると、不審者と疑われてしまうかも×不便な世の中だなぁ~

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2011年3月 9日 (水)

ひとのご縁、森のめぐみ、地域の絆を満喫♪@高輪総合支所~三田台町~三田豊岡町

なんか今日は、朝からバタバタしてました…寒いから、着るもの選びも必死です×

朝の白金高輪駅の、いつもと違う出口前で、お手紙のやり取りだけで、1年以上もお目にかかっていなかった方に会えました!素敵な頂き物をしたので、ご紹介したいのですが…いずれ日を改めて。

ふと、温かい飲み物を飲もう~と思い立ち、高輪総合支所の3階の自動販売機に向かうと、偶然すれ違った男性、あれ~まさかね?と思った一瞬の隙に、「しまださん!」と先に声をかけられ、あ、やっぱり!

去年まで、高輪総合支所で住民参画組織のご担当をなさっていて、本庁の環境課に移られた方でした♪

「今日から、展示ギャラリーで環境関係の展示をやるので、見にいらしてください!」

とお誘いを受けたので、「じゃ、今行っていいですか?」と、プレオープンの現場を案内していただきました。

イベントは題して、「みなとエコひい木大作戦」

名前はかわいいのですが、中身は結構硬派で、港区が全国23の自治体と、間伐材を提供していただく協定を締結したので、その自治体が提供する間伐材を活用して、港区内の建築物に木材を多用したスペースを作ることを促進しよう、という事業の立ち上げ記念イベントなのです。

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これらの床には、協定を締結したそれぞれの自治体から提供された木材が、モザイクのように使われています。提供自治体の名前が、ポストイットに無造作に手書きで書かれていたのが、手作り感満載で面白い♪この床の上で、子供たちのワークショップも予定されています。

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全体像はこんな感じ…中央の白い棚には、木材で出来た様々な製品が展示されていました。

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こちらは、オフィスや打ち合わせロビーを想定した展示。

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このテープルの木材の年輪!アートではないですか♪惚れ惚れします。

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壁に展示されたカラフルなパネルの材質は、漆喰。漆喰もエコな建材として、大注目なのだそうです。

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天井から吊られたオブジェも、木材で。和みます…

なんといっても、展示会場の香りが、素晴らしいのです!木の匂い、浜松町のエコプラザもそうですが、入った途端に木の匂いに包まれるスペースって、すごく優しいですよね…コストは相当かかると思いますけど。

港区の、他の自治体や建築関係の企業を巻き込んでのプロジェクト、これからの発展に大注目です。

熱心に説明してくださったNさん、本当にありがとうございました!朝は携帯忘れてたけど、夕方写真を取り直しに行きました。朝、説明していただいておいてよかったぁ~♪ほんと、感謝です!

この後、龍之助はお昼に永田町に用事があり、とんぼ返りで、地域のパトロールに参加。

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龍之助が家族で見守っている、亀塚公園のケヤキも、寒空の中、すっくと立ってました♪

このパトロールには、慶應義塾大学の環境サークルの学生さんも参加していて、そこに法学部政治学科、法学部法律学科の学生さんもいて、現役の大学生の龍之助としては、大学の話で盛り上がりました~

環境サークルということで、「三田祭は展示とかするの?」と聞いたら、「いえ、模擬店のごみの分別をひたすらやっていて…」

す、すごい!君達だったのね~あのすさまじい模擬店のごみを…えらいです!感服です!

それから、ご近所のPTAのお母さまと、防災や祭礼の話で盛り上がったり…あれ?おしゃべりばっかりしていてはいけません×パトロールですから…

パトロールは、豊岡福祉会館で、問題点を紙に書き出したり討議したりして、終了。三田警察署の方々も熱心に受け答えしてくださいました。

終了後には、龍之助は出発地の三田台公園に戻る用事があったのですが、その帰り道も、地域を守る頼もしいお母さま方と、楽しくおしゃべり♪

やっぱ地元っていいなぁ~

みんなで地元を守ろう、もっと良くしよう、の意識が、もっともっと広まるといいですよね…

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2011年3月 8日 (火)

卒業記念の、救命救急講習@区立御成門中学校

昨晩まで続いた嵐から一転、いいお天気になりました!

今朝は、御成門中学校での、普通救命救急講習に、応急手当指導員として参加しました。

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卒業を控えた、3年生向けです。

日本消防協会の指導員の方々や、芝消防署の救命救急士さん達が主に指導し、消防団員は補助的役割ですが、何せ受講生の数が多いもので、指導もひとりひとりの生徒さんにきっちり理解してもらえるよう、注意を払いました。

人形を使った人工呼吸、心肺蘇生、そしてAEDの実習は、全員参加。最初はふざけてた子達も、真面目にやれば結構できるものです。

実習でふざけるのは生徒の特権みたいなものですからね~自分の子供の頃を思い出しつつ×

実習終了後は、みんなでお片付け。

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上半身の人形は、「リトル・アン」という名前…

「ビッグ・アンもあるの?」とHめちゃんが疑問を発してました×

そう言えば、足までついた全身のレサシアン(心肺蘇生訓練用人形)がそう?

ちなみに、レサシアンのモデルは、50年以上前に「セーヌ河で溺死した、身元不明の少女」だそうです…

午後は、龍之助、チャリンコで三田~月の岬~芝~芝大門~東新橋~西新橋~溜池山王~飯倉片町~麻布十番~三田と疾走したのでした。

三田と麻布の山々は、本当にきついんですけど×

でも、天気がいいから、頑張れます♪

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2011年3月 7日 (月)

春の雪…ってか吹雪!そして日本外交を憂う@赤坂オフィス

早朝、どしゃ降りの雨だったはずの天気が…

午前9時過ぎ、吹雪に!

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この通り、あと一ヵ月後には、桜が満開になるなんて…信じられない×

ってか、今日、朝から出勤してよかった…

外務大臣が辞任ですから、何といっても。

しかしまあ、テレビでも新聞でもネットでも、散々皆さん言い尽くしてますが…

こんなんで、日本の外交、本当に大丈夫?

自民党政権時代には、「外務大臣なんて、誰がなっても大丈夫。官僚がすべて仕切ってるから(笑)」って、逆に皮肉な安心感があったけど…

民主党政権には、外交政策にも当初すごく期待が寄せられていたので、今となっては残念の連続…

本当に、民主党には人材がいないのでしょうか…あれだけ国会議員がいて?

まあ仕方がないか×

前も書きましたが、外交政策には、夢や希望や思い入れは、必要ないというか、むしろ邪魔だったり。

あるのは現実のみ。過去と現実を正確に捉えて、あらゆる情報を駆使して、次の打つ手を慎重に考えて考え抜いて、打つ。

目指す目標は、日本国の国益の最大化、最適化。日本国民の安心・安全の確保と、日本経済の持続的成長。

そんな外交ができる人材が、実際そんなにいないものですかねぇ・・・

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2011年3月 6日 (日)

国籍の違い、どこまで…在日外国人献金問題より@三田の我が家

とてもいいお天気の日曜日。東京に滞在していた母親を見送って、家に帰ると、連れ合いが、とても具合が悪そうで食事もできない状態…こんな春の日に、どうして~?

夜になって、連れ合いの状態も落ち着いてきたので、居間で和んでいたところに、ニュース速報が。

「前原外相、辞任だって」と、連れ合い。

龍之助も、これは不可避、と思ってました。外務大臣だし。でも、その経緯は、胸をふさぐ、きついものがあります。

日本で生まれ、日本語で教育を受け、日本で働き、日本で家族をもって、一生日本で生活してゆくのに、日本国籍を持たないということの重大さ。

前原外相が、過去に外国人の方から政治献金を受けたことは、政治資金規正法に違反する行為です。ただ、その経緯を推し量るに、推測ですが、今回のケース、本当に純粋な個人献金で、本来の外国人献金禁止の趣旨である、外国勢力からの影響力の行使を排除する、というレベルの話ではなさそうです。

しかも前原外相が、この献金を理由に、その方の国籍のある国に、特別の便宜を供与したという事実も立証できるのか、分からない現状だし…

いずれにせよ、もう辞任したのだから、そこをとやかく言うつもりではないのですが。

龍之助が、こころふさぐ理由は実は、別のところにあります。

この事件で、在日外国人に対する、いわゆる差別意識が、強まるのではないかと…心配になります。さらには、国籍を巡る心無い噂話の類が蔓延しないかと。

龍之助のよく知る政治家さんの中では、元衆議院議員の西村眞悟先生や、東京都議会議員の土屋敬之先生も、政治参加に関しては、厳格な日本国籍論者ですが、決して、外国籍の方々に、非寛容なわけではありません。メルマガやネットを通じてのご意見を拝読しているだけですが、ある国の体制や政治のあり方に批判的であっても、人種差別的なことはおっしゃったことはないです。

だから、今回のことをきっかけにして、在日差別みたいな風潮が高まったら、すごく嫌なことなだぁ、と感じます。

こう思いながらも、つい昨日お電話を頂いて、「外国勢力が民主党政権に及ぼしている影響」について教えていただいたことも気になって、二重にこころを重くしていたのですが…

ひとつ思うことは、そのような勢力が、政権を左右してしまうような巨大勢力になった(と信じられている)背景には、大多数の日本人の、政治的無関心がないだろうか、ということです。

寛容で開かれた日本の社会を、日本人の手で運営し、発展させる気概があってこその、共生社会。

国籍を盾にした、せせこましく差別的な見識に陥るのは、決して将来に向けて正しいことではないと、思うのです。明確な意図のある、政治的な外国勢力はそうと見抜き、警戒することは、日本のためにとても大切なことですが、そうでない人たちには、常に寛容でありたいものです。

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